第3章 快復
数十分後、執事姿で帰って来たセバスチャンの手には、何の変哲もない、小さな紙袋が握られていた。
「只今戻りました。お嬢様、中身をご確認ください。」
恭しく頭を下げ、両手で紙袋を渡してくれた。
「わあっ……!すごい、すごい!セバスチャン!!」
セバスチャンの差し出した紙袋の中には、一万円札が、びっしりと詰まっていた。
「コレ、全部万札!?」
「えぇ。勿論です。ざっと一千万円というところでしょうか?」
思わず年甲斐もなくはしゃぐ私に、セバスチャンは落ち着いたトーンで答えてくれた。
そう。私は、セバスチャンに、ATMの中の現金を奪ってくるように、お願いしてみたのだ。自分でお金を稼げないなら、他人の貯金箱から盗ってしまえばいいじゃない?まぁ、そういう簡単な発想だ。シンプルながら、これ以上確実な方法は無い。
「大変だったんじゃない?防犯装置とか。」
「いえ。殺傷兵器が飛んでくるわけでもありませんでしたから。システムを幾らか物理的に破壊すれば、造作もありませんでしたよ。」
平然とそう答えたセバスチャンの笑みは、こんなにも明るくて優しいのに、どこか黒く、深かった。その笑みには、紛れもない「悪」が滲んでいた。
「ねぇ、セバスチャン。もしかしなくても、セバスチャンは、この程度じゃない「悪いこと」を沢山してきたんだよね?」
「……えぇ。それはもう。人間ではなし得ないような、「悪」を、たっぷりと。まぁそもそも、事の善悪なんてものは、測りがたいものですが、ね。」
黒い笑みが、より深くなった。
まぁ、それもそうだろう。そもそも、善悪なんていうものは、その社会によって、全く違う。所詮、為政者がその時々に合わせて、都合が良いものを「善」として推奨しているだけ、都合が悪いものを「悪」として罰しているだけなのだろう。
「ふふ……。それも、そうか。」
「どうでしょう。あぁ、そう言えば、誠に勝手ながら、お嬢様の口座残高を確認させていただきました。誠に申し上げにくいのですが、残高は数千円でしたよ。残高を、紙袋から補充しておきましょうか?」
セバスチャンは、紙袋をチラリと見た。無論、その必要は、無い。