第2章 契約 ~後編~
『――――――契約を』
遠くから、声が聞こえた。いや、「聞こえる」等と言う表現は、あまり適切じゃない。うまく言い表せる言葉なんて見つからないけれど、「響く」という表現の方が、近いかもしれない。
『もしも、貴女がこのままで終わりたくないというのなら―――――――――』
どこの誰とも知らない、声。上品なのに、どこか人間離れした、テノール。これほどまでに妖艶で美しい男声を、私は聞いたことがない。一度しか聞いたことが無いのに、ずっとこの声を聞いていたいような、そんな衝動に駆られるほどだ。
でも、それより私は―――――――
「……っ、ぉ―――――終わりたく、ない……!このまま終わるぐらいなら、全部メチャクチャにして、終わらせてやる……ッ!!!」
醜く掠れた声で、叫ぶ。
「……。」
声は聞こえないが、何となく、声の主がわらったような、そんな気がした。
『貴女の望みは、私が全て叶えます。しかし、その対価は、貴女の魂です。』
何を言っているのか、全く理解できない。でも、どうせ私は、このまま死ぬ。このまま死ぬのなら、このゴミのような私の何かと、別の何かを引き換えられるのなら―――――。
『契約すれば、貴女の望みが叶ったその時に、私は貴女の魂を戴きます。そうすれば貴女の魂は、永遠に煉獄へと繋がれ―――――永遠の苦しみを味わうことになりますが―――――――、よろしいですか?』
声の主は、相変わらず意味不明な説明を続けている。
でも、どうせ、ここでただ無残に、何もできずに死んでいくだけだ。それならいっそ、この声の主言う『契約』とやらに縋ってみても、良いのではないか。正直なところ、これが現実なのか、私の脳が見せる妄想の一種なのか、区別はつかないけれど。それだって別に構わない。死ぬ前に、何かの夢が見られるのなら、それはきっと、幸せなことなのだから。