第12章 温泉旅行へ*1日目昼編*R15
「転ばずに乗れるか」
まるで転ぶのを見越しているかのような、面白がる声色にムッとする。しかし、舟になど乗るのは初めてで、正直不安だ。
おっかなびっくり乗ろうとしていた桜の手を、光秀が支える。てっきり何もしてくれないと思っていた桜は内心驚く。
「ありがとうございます」
「舟がひっくり返りでもしたら、俺も困るからな」
舟に乗りながら軽口を叩く光秀の顔を伺えば、思いの外真剣な眼差しに心が騒いだ。言葉とは裏腹に、桜を丁寧に舟の上に誘導すると、隣り合って座る。
舟は静かに岸を離れ、ゆっくりと川を下る。流れは安定していて、時折頬を撫でていく風がとても心地いい。緑に囲まれ、まるで違う世界に来たような景色。澄み切った綺麗な水面に指を浸せば、冷たい水が進む舟の速度と共に指を撫でていく。
のんびりとした気分になりながら、ふと光秀が静かなことに気付き、横を見る。じっと自分を見つめている瞳に、桜の心臓がドキンと音を立てた。
「どうかしました?」
「いや。…船は、どうだ」
こちらを見ていた眼が、進む先へと逸らされた。
「すごく、気持ちがいいですね」
「ならいい。 …腹は空かないか」
そういえば、そろそろお昼時だ。自覚すると、途端にお腹が空いてくる。
「空きました」
脇から、風呂敷包みが引っ張り出され、どんと目の前に置かれる。