第33章 キューピッドは語る Side:You <豊臣秀吉>
「さとみ様、宜しいですか」
「はい?」
恋文を書くのを諦めて、家康に何をご馳走してもらうか悩み始めていた私のところへ、女中さんがやって来た。
静かに開いた襖から覗いたその顔は笑っているけれど、どこか戸惑いが浮かんでるような気がする。
「家康様がお呼びですよ」
「分かりました、御殿ですか?」
「いえ、それが」
珍しいなあ、家康が私を呼び出すなんて。用がある時は誰かに言付けるか、直接自分で来るのに。
そう思いながら立ち上がった私に、女中さんはどこか煮え切らない。そのまま続きを聞けば、家康が私を待っているのは…中庭?
「信長様のお部屋へ続く廊下の、あのお庭ですよね?」
「はい、そうお聞きしております」
「…分かりました、行ってみます」
女中さんを困らせても仕方ないし、とりあえずそう笑顔で返した。
自分の御殿に来て欲しい、って言うならまだわかるけど、中庭なんてすぐそこだよ。自分で来ればいいのに。
音を立てて襖を開ければ、ヒヤリとした空気に身を竦めた。少しずつ、風が冷たくなってきたみたい。
あーあ、どうせ呼び出されるなら秀吉さんがいいのに。家康が、秀吉さんとの仲を進展させる策でも伝授してくれるっていうのなら、喜んで呼ばれるけど。
「あ、家康っ」
「…さとみ」
妙に真面目な顔をした家康が、庭に佇んで私を見てる。どうしたんだろう、あんな顔…久しぶりに見た。
以前たまたま私も同席していた軍議の場で、戦になるかもしれないという結論に達した時のような、どこか張り詰めた表情。あんな顔されたら、私も緊張しちゃうよ。
「何か用事?」
「とりあえず…こっち、来て」
「うん」
家康の硬い表情を気にしないようにして、わざと明るく声を掛けたのに、その顔は晴れないまま。
とりあえず、何か真面目な話みたいだから…急がなくちゃ。気持ちばかりが先を行って、足がついて行かなかった。案の定、縺れた自分の足につまずく。
「家康…きゃっ」
「ちょ…ッ」
強張っていた顔が焦りに変わった家康が、慌てて手を伸ばしてくれる。