第31章 キューピッドは語る Side:M <豊臣秀吉>
しばらく秀吉を観察していたが、仕事を再開して違う書類を広げている今も、大きなため息が何度か零れている。
誰も見ていないと思って、気が緩んでいるんだろうな。俺たちが見ている事を知った秀吉の顔もさぞ見物だろうが…今は姿を明かすわけにいかないのが残念だ。
「なんであいつなんだ…」
何度目かのため息とともに、秀吉の口からぽつりと言葉が漏れた。それを聞き逃さず、ぴく、と家康が反応する。
「あれ、確実に俺の事ですよね」
「十中八九そうだろうな」
「…考えてみれば、いつまでも秀吉さんに勘違いさせておくこともないな。訂正してきます」
「待て」
躊躇いなく姿をさらそうとする家康の、着物の襟もとを掴んだ。ぐっと呻いた家康が、恨みがましく俺を見る。
「なんですか」
ああ、しまった。反射的に引き止めてしまったが、何も理由を考えていない。面白いからもう少し秀吉に勘違いさせておけと言ったら、さすがに怒りだすだろうな。
適当な事を言おうとして口を開きかけた時、廊下の向こうから足音が響いて来た。運がいい、一旦退散することにしようか。
「……っ」
同時に気が付いた家康と共に、忍び足で逃げ出した。手近な部屋へ体を滑り込ませるのとほぼ同時に、足音の主の声が響いてくる。
「よお。手伝いに来てやったぞ、秀吉」
「政宗か。助かる」
「お前…一人か?」
「は?見れば分かるだろう」
「…だよな」
政宗だったか、危なかったな。あいつは鼻が利く。あと少しでも遅ければ、見つかっていただろう。
「これで満足でしょう、光秀さん。早く二人をどうにかして下さいよ」
「そうだな…」
部屋の中央までぶらぶらと足を運び、俺は家康を振り返った。入ってすぐの壁に体を預けて、腕を組んだまま俺を見るしかめ面。
…よし、面白い事を思いついた。
「いい作戦があるぞ」
「聞かせて下さい」
薄暗い部屋の中で、大の男が二人でひそひそと言葉を交わしあう。俺の考えた作戦を聞く家康の顔が、何かを期待するものから次第に無表情へと変わり、盛大に頭を抱える。