第27章 それゆけ、謙信様!*愛惜編*
雨も止み、耳が痛いほどの静寂に包まれた、闇に溶ける町の中。そこを、一人の男が駆けていた。
抜かりなく周囲を警戒しながら、城へと着実に近づいていく。敷地に入り込み、見張りをやり過ごしてから石垣を華麗に登る。そのまま姿を消したかと思うと、次の瞬間には天井裏に侵入を果たしていた。
「よし、成功…」
いつもと同じ経路をたどり、桜の元へと向かおうとしている男、佐助は、眼鏡をすっと直した。
謙信様と何かがあったらしい。
幸村からの、そんな漠然とした話を聞いた佐助は、とにもかくにも桜に会ってみようと行動を起こした。
謙信に真正面から尋ねる前に、桜に聞いた方が分かりやすい。加えて、雨の中を一目散に走り去っていったという桜の様子を見に行きたい。
風邪、引いていないといいけど。
そう思いながら、すっかり体に馴染んだ天井裏を進んでいく。桜の部屋の上までやってきて、佐助は己の懸念が当たってしまったことを知った。
天井の板を外さなくても聞こえてくる、苦しそうな息づかい。
「佐助…くん…?」
今日はこのまま帰ろうかと、天井裏で様子を伺っていた佐助の耳に聞こえた声。板をがたがたと外して、佐助にしては珍しく音を立てて部屋に降り立つ。
「桜さん…!」
目が合うと、やっぱり、とでも言いたげににっこりと微笑む桜。けれどその目は潤み、上気した顔で苦しそうに息をする様は、普段無表情の佐助の顔をすらも曇らせた。
「起きないで、寝ていて」
「ごめんね…」
無理に体を起こそうとする桜を言葉で制して、佐助はその額にそっと触れた。
すごく熱い…。
「桜さん、薬は?」
「大丈夫…さっき飲んだから…」
「そう…」
佐助は身じろぎした時に落ちた手ぬぐいを拾い、絞り直して桜の額に再び乗せる。
「ありがとう」
「また、明日来る。ゆっくり眠って」
今はとにかく、眠らせなければ。こくんと頷いて、力なく目を閉じた桜を少しだけ見守って、佐助は音もなく城を後にした。自分の心が、静かな怒りに燃えているのを感じながら。