第26章 それゆけ、謙信様!*氷解編*
桜は目的もなく道を歩きながら、どこへ行こうか考えていた。城に閉じこもっているのが嫌になっただけで、行きたい場所があったわけではない。
そうだ…幸村に会いに行こう。
正直なところ、どんな顔をして会えばいいのか分からない。けれど桜にとって、幸村が大事な友人であることは間違いない。気まずい関係のままよりは、ちゃんと目を見て話をしなければ。
「あ…」
行商の屋台のそばまで足を運んだ桜の目に、客の女性と話をしている幸村の姿が写った。二人で商品を選びながら、時折笑いあう。
本当なら、私なのに。
隣にいて、笑いあって。喧嘩をしても、憎めなくて。当たり前だと思っていた幸村との何気ない日々が、今はとても懐かしい。
客を相手にしている幸村に、それ以上近づいて行くことが出来ずに、桜は呆然と立ち尽くしてしまっていた。
幸村の目が自分を見るのが怖い。目が合ってもそらされたら。声を掛けても無視をされたら。あんな口づけ一つを本気にしたのか、なんて笑われたら。
ありもしない恐怖が勝手に膨らみ続けて限界が来た。気づけば踵を返して、桜は元来た道を小走りに引き返す。
「おい!」
「わっ…」
後ろから強く腕を掴まれて、体がぐんと反転した。桜の視界に入ったのは、怒ったような顔をした、
「幸村…」
「どこ行くんだよ」
気まずそうに目を伏せる桜の顔を見ながら、幸村は息をつく。
話の長い女性客をうんざりしながらも適当にあしらっていたら、視界の端に捉えた見慣れた姿。久しぶりに見たその顔は陰っていたけれど、それでも会いに来てくれたのだと思って内心浮かれていたら、急に踵を返して。
「俺んとこに来たんじゃねーのかよ」
「気付いてたの…?」
やっと話してくれたと思ったら、呆けたようなことを言う桜に笑ってしまう。分からないわけがない。ここ数日、無意識にずっとその姿を探していた。立場上会いに行けない事が、もどかしくて。
「お前に気が付かないわけ、ねーだろ」
幸村のいつもの笑顔が、桜の幻想の恐怖をかき消していく。来い、と屋台の方へ連れて行ってくれる幸村の手は、温かい。