第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
「城まで送ってあげるべきなんだが…すまないね」
「ここで十分です。ありがとうございます」
待ち合わせしていた場所まで戻ってきてから、信玄は桜の手を離した。
出来ることなら今日一日一緒にいたい。それどころか、あわよくば本当に春日山まで攫っていってしまいたい。けれど、桜を困らせる事はしたくない。
「また文を出したら、会いに来てくれるか?」
「はい…でも、いつまでこちらに?」
「いつまでも。…と言いたいところだけど、数日の内に春日山へ戻る。幸もうるさいしな」
はあ、とため息をつく信玄に、可笑しさが込み上げる。戦の時とは、表情がまるで違う。家臣を思い思われるその優しさに、桜の心も温かい。
「あの…信玄様」
「どうした?」
「謙信様も、まだ安土におられるんですか?」
「ああ、いるよ。君に用があるとか言ってたけどな」
「私に…」
技能大会の時に言っていた「用」と、同じだろうか。頭上でふっと笑う気配がして、考え込んでしまっていた桜は我に返った。
「真面目な顔の君も可愛いけど、他の男の事を考えていると思うと妬いてしまうな」
「ほ、他の男…」
まるで信玄との仲が深いような言い方だ。戸惑う桜の髪を一房すくい上げた信玄は、そこに口づけを落とす。
「ありがとう、姫。楽しかったよ」
「っ…はい。私も、楽しかったです」
「俺みたいな男に捕まらない内に、気を付けて帰りなさい」
悪戯っぽく笑う信玄は、あっさりと桜を送り出した。その場を動こうとしない所を見ると、桜の姿が見えなくなるまで見送ってくれるつもりなのだろう。
信玄に頭を下げてから、桜は城への道を歩き出した。時刻はまだ昼前だ。甘味を食べたおかげで、空腹は感じない。
「いた、桜さん!」
珍しく少しだけ声に焦りを滲ませて、佐助が桜の元へと駆け寄って来た。
「どうしたの?佐助君。そんなに慌てて」
「ごめん…また君に迷惑をかけるかもしれない」
「…え?」