第25章 それゆけ、謙信様!*猛進編*
その後桜は、三成と光秀にがっちりと脇を固められたまま城へと戻った。二人は桜に、絶対に出るなとうるさい程言い置いてから、会場へと戻っていった。
騒動が起きて中断していた大会は、続いているようだ。
「大丈夫かな…佐助君達」
もう何度目か分からないため息をつきながら、視線を天井へと向ける。佐助が来てくれるような気がして、ついこうして見上げるけれど、聞き慣れた音がなることは無い。
「謙信様、は」
何の用があったのだろう。
安土で再会してからの事を順に思い返してみても、敵将の集まる場に飛び込んでくる程の理由が分からない。
『斬られたくなければ』
ぞくり。
そういえば、団子をご馳走になった別れ際、謙信は確かにそう言っていた。もし信玄と会ったあの日に、桜が気づかない内に謙信の前をうろついて不快を買っていたとしたら。
「まさか、斬りに」
血の気が引いていくけれど、いやいやと頭を降って怖い想像を振り払う。
そもそも、謙信は飛んできた槍から桜を守ってくれたのだ。殺したいのであれば、そのまま放っておけばいい。
「くだらない事で死なれてはつまらん。俺の手でお前を斬るために、生かしてやっただけだ」
い、言いそう…!
桜の頭の中で勝手に話し出す謙信の薄い笑みに、足の先から冷たくなってくる。ぶる、と寒気を感じて、思わず体をぎゅっと抱きしめた。
『桜』
「……」
ふと、名を呼ぶ謙信の声が蘇る。自分を見つめる瞳の光も。あれは、斬ろうとする者を見る瞳だろうか。
用がある、と言った謙信の顔は不機嫌そうだったけれど。何度も桜を呼ぶ声は。
「怖く、なかった…」
謙信の心が、単純に知りたいと思った。自分を殺そうとしている訳ではないのなら、だけれど。
助けてもらった礼も言えていない事も、桜の気がかりだった。しかし、こんな騒動を起こしてしまった今、既に安土から離れている可能性も高いだろう。
「どうか…ご無事で」
敵将ではあるけれど。
礼のかわりに、せめて祈ろう。
穏やかな気持ちで、桜はまた天井を見上げるのだった。