第24章 それゆけ、謙信様!*遭遇編*
「追いかけたことをお前に謝れと、佐助が喧しくて仕方ない。本当に生意気な家臣だ」
「はあ…」
曖昧に頷くと、謙信が団子を一本手に取った。桜の口元までもっていくと、無理やり口に押し込む。
「むぐ」
「食え。それで手打ちにしろ」
む、無茶苦茶だ、この人。
慌てて串を謙信から受け取って、もぐもぐと団子を味わいながら思い浮かぶのは、安土の一番偉い人。彼も大概無茶苦茶だけれど。
困惑する頭とは裏腹に、口の中には香ばしい醤油の香りと、ほのかな甘さが広がる。
「うまいか」
「はい…とても」
思わず顔を綻ばせる桜に、謙信は目を細める。そうか、と満足そうに微笑んだ顔は穏やかで。謙信に対して恐怖心しか抱いていなかった桜の心は、緩やかに解けていく。
謙信は、そんな桜を残して立ち上がった。
「勘定は済ませておく。あとは好きにしろ」
「は、はい」
何を話せばいいのか分からずにどきまぎしていたとはいえ、あっけなく席を立とうとする謙信に驚いていると。
「…謙信様」
「あ、佐助君」
「こんにちは、桜さん」
何処からか現れた佐助が、駆け寄って来た。桜の側に立ち止まると、置かれた団子を見た佐助の眼鏡がキラリと光る。
「謙信様、甘味でもご馳走したらどうですかとは言いましたが、桜さんを一人残して去るのは問題です」
「…何が言いたい」
「世間話くらいして、仲を深めたらどうですか」
「世間話?」
「今日は良く晴れていて狼煙日和だね、とか。質のいいひしの実が沢山落ちてる場所はね、とか」
「そんな話をして喜ぶのはお前だけだ」
ふふ、と小さな笑い声がして、二人は会話を止めた。笑ってしまったことにはっとした桜は、口を手で抑える。
「すみません…面白くて」
「ほら、やっぱり俺の世間話が」
「笑われているぞ、佐助」
「…え」
堪えきれずに、桜はまた笑みをこぼす。佐助と謙信のとぼけたような会話を聞いていると、謙信の事を無駄に怖がっていた自分が馬鹿みたいだ。