第1章 カードの手が悪くても顔に出すな
そういえば、と私はつぶやくように切り出す。
『そういえば、ここは…?』
あぁ、とトド松は応えると、私の質問の意図を察して話してくれた。
「ここは、まぁ、僕たちの事務所兼家ってところかな。
ちょうど僕たちの兄さんがここの近くを歩いてるところで君が倒れたんだよ」
覚えてない?とたずねられる。
未だほんやりとした頭で記憶をたどっていく。
自分が倒れたこと、倒れる直前に誰かにささえてもらったことを思い出したが、その人物まではわからなかった。
『なんとなく思い出しました…。
じゃあそのお兄さんが運んでくれたんですね』
さっきの黄色いシャツの男性かな、と思ったが違うのだろう。
彼も兄を呼びに行く、と言って出て行ったのだ。
「そうだよ。いきなり女の子抱えて帰ってくるもんだからびっくりしちゃった」
そう言ってトド松は苦笑いする。
トド松と和やかに会話をしながら、改めて室内を見渡してみる。
私の座るソファーの左手の壁にはいくつかロッカーが並んでおり、正面には扉、右手には小さな冷蔵庫と木製のワゴンが配置されている。
ワゴンにはポットとコーヒーカップがきれいに並べられている。
ソファーの後ろ側は見えないが、どうやら奥に長い部屋らしい。
事務所というのであればデスクが並んでいるのだろう。
部屋を観察していると、小さく短い電子音が耳に入った。
どうやらスマホの着信音のようだが、それは私の聞き覚えのあるものではなく、どうやらトド松のものだったらしい。
彼はイスから立ち上がりつつ、スラックスのポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。
ちらりとこちらに目線をむけ、「ちょっとごめんね」と言ってスマホを耳に当てる。
私は小さく頷き、水をまた一口飲み、聞き耳をたてる。
トド松は扉の近くまで離れてスマホをタップし、通話を始めた。
通話相手の声が大きいのか、何を言っているかまではわからないがこちらまで声が届く。
「うん…うん…こっちは大丈夫だよ。
うん…じゃあ待ってるね」
ふぅ、と小さくため息をつきながらトド松はスマホを下ろした。
「もうすぐ、兄さんたち着くって」
と言い、再びイスに腰掛ける。
『そうですか。ちゃんとお兄さんにもお礼言わなくちゃですね』
「そんなかしこまらなくていいよ。
どーせあの兄さんは下心ありで助けたんだから」
