第1章 カードの手が悪くても顔に出すな
「ムーメちゃんかー。かわいい名前だね。
あ、お腹減ってない?今兄さんが軽く食べれるもの買ってきてくれるから」
『いや、そこまでお世話になるわけには…。
もう帰りますね』
立ち上がって歩けるまでには回復したと思う。
これ以上お世話になるのは申し訳ない、というのは嘘ではなかった。
しかし、それよりもここに居続けることに強い不安を感じていた。
何か忘れている気がする。
「だめだよ!こんなフラフラな女の子をこんな時間に帰すなんて男のすることじゃないよ!」
と言ってトド松は自分の座ってたイスから身を乗り出し、立ち上がろうとした私の肩を抑えてソファーに座らせてくる。
突然肩を掴まれたことに驚き、パッと顔を見上げると、ほんの数センチ先に彼の顔があった。
少し焦ったような困ったような表情から、恐らく本心から心配して、言ってくれてることがわかる。
数瞬、間があって、彼は少し慌てた様子で肩から手を離しイスになだれ込むように座った。
「ほ、ほら!兄さんたちももう戻ってくるしさ!
僕たち、変なこととかしないから!」
先ほどより顔を赤らめながらわたわたと話しかけてくる。
何故、迷惑をかけられる側が私を留めようとするのかはわからないが、その様子に毒気を抜かれてしまった。
それに、ここで変に抵抗して帰るのも不審がられるだろう。
『…わかりました。甘えさせてもらいます』
その言葉に安堵したのか、トド松はよかったーとため息をつく。
男性に言っても喜ばれないだろうが、仕草や表情がひとつひとつ可愛らしい人だなと思った。