第8章 本丸の最期
たった二人になった本丸で、三日月は出陣前に審神者の部屋に向かって縁側から一礼をする。
遺体は別の部屋に安置されているのだからそちらに足を運ぶのが普通ではないかと思ったが、束穂は「変わらぬ日常を続けようとしてくれているのだ」と三日月の気持ちを汲み取れた。
「それでは、行ってくる」
「はい。お気をつけて」
門の前で見送り、束穂は頭を下げる。
三日月は一番最後にやってきた刀だから、彼がたったひとりで出かける姿を束穂は初めて見た。
戻ってこないかもしれない。
けれど、ここで別れの言葉を口にしたくなくて、別れの言葉を口にさせたくなくて、二人はどちらも「いつも通り」のように振る舞った。
今日は天気が良い。もう、使うあてもなく回収されるだけであろう審神者の布団も、小狐丸、石切丸の布団も、今晩使ってもらえるかもわからない三日月の布団もすべて干そう。
束穂はその日一日ひたすらに働き続けた。
その日の夜、三日月は怪我を負って戻ってきた。
いくら刀装があるとはいえ、一人での出陣はやはり厳しかったのだろう。
「この程度の傷、治すほどのことではない」
どちらにしても、ここではもう彼の手入れが出来ない。手入れ部屋に行ったところで、手入れをするには審神者の力が必要だ。それをわかっているから、どうということもないという顔で三日月は束穂に余計な心配をかけないようにと振る舞う。
湯浴みをして食事をして、言葉を交わす相手のいない時間が訪れて。
いつもならば就寝時刻まで刀達が三人であれこれと話をする光景を見つつ、束穂は自分の部屋に戻って先に眠る。だが、今日はただ三日月が何も言わず部屋の片隅に座っているだけだ。
「咲弥。わたしに気にせず、休んで良いぞ」
「……はい」
「それとも、何か話でもするかな?」
それへはすぐに言葉を返すことが出来なかった。
おやすみなさい、とここから去ったら、もう明日の朝には三日月がいなくなってしまうのではないかという恐怖。
けれど、どこまでも彼は「いつも通り」別れの足音を聞かないふりをして振る舞ってくれる。ならば、自分はそれに準じた方が良いんではないかという思い。
「いえ、三日月さんも早くお休みになってくださいね。おやすみなさい」
「おやすみ」
そんな静かで物寂しい日々を、彼らは数日繰り返すことになった。