第6章 咲弥という守護者
速足になるのをどうにか抑えながら、本丸の一角にある自室に戻る束穂。
自分には、花を咲かせていない時の桜の樹の良さがよくわからない。
けれど、それを愛で、幸せそうに微笑んでいる彼女の容姿と心の美しさはわかる。
彼女の命もこの本丸も、そう遠くなく終わりを告げるだろう。それは、彼女にこれ以上刀を呼び寄せる力がなくなったからだ。
これ以上付喪神を呼べなくなった時点で、いつまでこの本丸で様子を見るのかは上層部の意向次第に違いない。だが、この本丸の終焉は静かに、みなが納得しあいながら終わらせたいと思う。
静かに、あの美しい人の恋を見守りながら。
束穂は、畳の上で体を丸めて俯いた。
わかっていた。自分はあんな風にはなれないと。けれども、それにしたってどうしてこんなにも自分と彼女は違うのだろうか。
人は、恋をするとあんなにも美しくなるか。
愛しい者の傍で「好き」だの「愛している」だのと違う言葉で思いを紡ぐ姿は、筆舌に尽くせぬ美しさと儚さを束穂に感じさせた。
そうだ。あれは、愛を語る言葉だ。
自分は、少女でなければ女性ともつかぬ中途な存在であるけれど、これだけはわかる。
束穂は、子供のような好奇心をもたげたりはしなかった。
友達がいたとしても「ねえねえ聞いて聞いて!」なんて吹聴することも出来やしない。
思いを遂げられなかったり、心変わりなどで終わる恋のことは知っている。
けれども、命の火と共に終わりを告げる恋を、束穂は想像をしたことがなかった。
美しくも悲しく、尊いものでこの本丸は満たされている。
こんなものを見てしまって、この先自分は恋というものに巡り合えるのだろうか。
あまりに美しすぎる恋は、束穂に呪いをかける。
どれほど未来で恋に落ちようとも。あんなに美しい恋を、自分は手に入れられない。
だってそうではないか。今、審神者が「死ぬまで愛しています」と恋情を語ればそれは間違いがなくて。けれど、決してそれを彼女は口にしない。それゆえに更に美しく。
それらの感情を具体的に考えることは出来ず、ただ、ただ束穂は体を丸めて泣いた。
妬みや嫉みはやはりなかったけれど、ひたすらに「自分はああはなれない」と苛みながら。