第6章 咲弥という守護者
桜の花が似合う女性というものが、世の中には存在する。
彼女に出会って、そのことを束穂は初めて知った。
同じ女であるのに、そう年齢も違わないというのに、頭のてっぺんから爪先までまったく違うと思い、そこには妬みや嫉みが生まれることすらない、まるで人種差と呼べるほどの圧倒的な美しさ。
深窓の令嬢という言葉を束穂は知っていたが、そのものを指すような存在に出会ったことは初めてで、常日頃着物を纏う若い女性がいるなんて、と心底驚いたものだ。
「小さい頃からずっと、庭先に桜の樹があったので」
彼女は優しい声で束穂――当時はその名ではなく咲弥(さや)という名であったが――に語った。
「命が終わる日の朝まで、目覚めて外に出たときに桜の樹を見ていたいと思ったのです」
縁起でもない、と言おうとして、束穂は言葉を失った。
「あと一年と言われてから一年以上経過しましたので、いつまで生きるやら。けれど、ここ数か月本当に体が楽なので、もしかしたら」
ふふふ、と小さく微笑む彼女に茶を淹れると
「咲弥さんのお茶は本当に美味しいです。ありがとう」
と言って、ゆっくりと茶を飲み干す。
料理は得意だったが、茶の淹れ方なぞそんなによくは知らなかった。けれど、彼女のためならば、色々と精いっぱいを尽くそうと思えた。
毎日のように微熱を出し、体が楽な日が少ないということを束穂は知っていた。
だから、少しでも彼女にとって心地よい生活を送らせてあげたいと、リネン類は多めに取り揃えて、常に気持ちが良い状態にしたかったし、不快な音をたてる掃除機ではなく、しっかりとした大き目の箒で畳をはき、乾拭きをして、不必要に埃を舞わせないようにとも気遣った。
束穂が気遣えば気遣うほど、彼女もまた束穂に気を使おうとしていたように思うけれど、それは後から思い起こした時に気づいた「後の祭り」だ。
その時の束穂は「とにかくこのプロジェクトを円滑に行って、終わるまでどうにか審神者が生きていられるように、そして自分が守護者として役立てるように」日々を過ごすことに精いっぱいだったからだ。