第18章 改変の傷
「ただ、今日まで、あまり……俺は自分が忘れてしまったことが何なのかばかりを気にして……俺に忘れら
れてしまった者達の気持ちなどはあまり考えたことがなかったということに気付いた」
「我々は忘れる側ではありませんからね」
その小狐丸の言葉に、刀達は各々思う所があるように、あるものは瞳を軽く見開き、ある者は眉根を潜め、ある者は軽く頷いた。
「人間には忘却と言う自浄作用があるから、まあ、なんだかんだ忘れるってことは知っている」
隅っこで無言で会話を聞いていた薬研が口を開く。
いつもより、いささかその声は力なく、なんだか疲れているように皆の耳に届いた。
「人間同士だってあっさり相手を忘れることもある。けど、ぽっかりと忘れられるなんてことは慣れていないだろう。んで、俺っち達はもともと忘れられる側だから、じゃあ大丈夫かっていうと、これがそうでもなくて」
「薬研っ……」
自嘲を含んだ笑みを見せる薬研。それへ、乱が、いささか荒い声音で名を呼ぶ。その声は制止の意思をみなに感じさせたが、薬研はやんわりと片手をあげて乱の言葉を逆に止めた。
「仮定の話は意味がない。石切丸も小狐丸も折れずに、前の主が死んだせいで顕現が解けたって聞いているからまた少し違うんだろうけど……明日俺っちがたとえば折れて、顕現が解けて」
顕現の状態で折れるのは、もとの刀身の折れとは違う。顕現するために最初に憑代(よりしろ)として審神者が用意をする「彼らの魂を本丸に呼び寄せ繋ぎとめる」仮初の刀身だ。それが折れれば、実際の彼ら自身に魂は戻っていく。けれど、彼らの感覚ではそれはもう自らであり「折れる」以外の表現は難しいのだと言う。
「今日の石切丸のように、運よくまたここにやって来た時には、ここでの記憶が消えることがある。これは仮定の話じゃなくて」
「駄目だよ薬研!」
「既にこの本丸であったことだ」
「言うなって言われてるでしょう!」
乱の声が更に尖る。と、その瞬間、ぱん、と勢いよく障子が開いた。
そこには、審神者を部屋に送って(当然二人で会話もしてきたに違いない)戻ってきた加州が立っている。
「ねえ、薬研」
「よっ」
その場のみなは、加州と薬研が、にらむでもなくお互い目線を交わしたことに緊張をする。
「乱の声で、何の話してるかぜーんぶわかるんだけど」
頭を横に傾げ、開けた障子にこつんとつける加州。
