第1章 守護者の日常
若いとはいえ、束穂は水仕事が多いため指先が荒れやすい。そこから、手のケアを重視するようになった。それが役に立った。
離れにやってきた加州と畳部屋で向かい合い、まずは今施しているネイルをすべて取り払った。
それから、ホットタオルでその加州の手を温める。男性の手にしては白く、細い指。こういう手を白魚のような手というのだろうと束穂は思う。
少し痛んだ爪の表面は縦筋が多く、指の腹で触ると確かにざらつく感じもした。
「爪は、生えた部分が弱ると、何をしても強くならないんです」
「へえー」
「だから、これから生える爪が綺麗になるように」
爪を乾燥から守るオイルを塗り込んで、それから爪の付け根には育成のため違うオイルを塗る。
一本ずつ丁寧にすべてを終えるまで、加州は一言も話さなかった。
「最初の分はもうもとに戻っちゃった感じ」
「爪先に塗ったオイルはその場しのぎで気休めです。でも、根っこに塗ったものは、この先続けて塗ってください」
「え、じゃ、このまんまでいなきゃダメ?」
加州はあからさまに不快を表情に現した。彼が言う「このまま」は色のついていない、そして少し痛んだ爪をそのままにするということだ。
束穂はそれを彼が嫌がるだろうことを知っている。
「いいえ。でも、いつも加州さんが塗っているはっきりした色は痛みも見えやすいんです。保護用のネイルを塗りましょう」
「げっ、そんな薄い、桜色っての?似合わないよ」
「そんなことないですよ。まず一本塗らせてください」
いかにも渋々という様子で、加州は引き続き手を束穂に預けた。桜色のケア用のネイルは爪の付け根部分を少しだけ開けて塗ってもあまり気にならない淡い色だ。
「えー、なんか物足りない。やだ」
いつもながらはっきりと物を言う、と内心苦笑いをする束穂。
「そこに、持って来ていただいたこれを」
「え」
深いボルドーのネイルのキャップを開け、束穂はブラシの先を確認した。うん、状態は良い。これなら細く塗れそうだ。ネイルアートなんてものは得意ではないが、フレンチネイルだけはやったことがあるから線は引けるだろう。
束穂は、桜色の爪の上に、ボルドーの十字架をするすると描いた。それも、爪の中央ではなく、少し小指側に偏らせることで「いかにも」なクロスにはならないように。