第5章 Umbrella【5】
「なつかしいね!!」
そんな笑顔を俺に向けないでくれ。
唇を噛みしめて、俺は走り出した。
赤色のタイルを踏んで、マンホールの上でくるくる回る彼女の所まで行く。
小さなマンホールに二人の身体はおさまらない。
バランスを崩す彼女の腕をおもいっきり引いた。
小さな体は俺の胸の中へと飛び込む。
あの時とは違うのは、俺は彼女を抱きしめていること。
小さな体をしっかりと抱きしめられるくらい大きくなったこと。
「縁下くん?」
ゆっくりと体を離すと不思議そうに俺を見るがいた。
「君にずっと言いたかったことがあるんだ」
ずっとずっと言えなかった。
ずっとずっと言いたかった。
言葉にしようとすると、うまく出て来なくて何度も息を吸う。
緊張していることが嫌でもわかる。
「あの日、君が転校してしまった日……。俺、見てたんだ。君が女子にいじめられているところを。だけど何もできなかった。見て見ぬフリをしたんだ。……君を、見捨てたんだ」
狡いだろう。
許されるとは思っていない。
許されないことをしてしまったから。
「君を傷つけた。いじめられているのを知っていたのに俺は何もしなかったんだ。……怖かった。君の傷みを知ることが……君の傷みを感じることが……」
拳を握りしめる。
吐き出した言葉たちと一緒に涙が溢れる。
泣いていい立場ではないことはわかっている。
けれど、涙はとめどなく溢れてくる。
「ごめん……」
謝ってすまされるとは思っていない。
けれど謝らずにはいられない。
頬を濡らす涙を拭う。
俺の嗚咽だけが響く。
そんな中凛とした声が耳に届いた。
「知っていたよ」
それは思ってもみなかった言葉。
「縁下くんがあの日、あの場所で見ていたこと、私は知ってた」
真っすぐ俺を見つめる瞳。
身体が熱くなる。
知っていたのか……。
知っていて俺と一緒にいたのか。
「私ね、狡いんだよ」
「え……?」
「あの日、教室に縁下くんが来なかったら死ぬつもりだった」