第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
てんで全く上の空の顔でまた携帯を見始めた飛段に溜め息を吐いた牡蠣殻が、要をちらりと見遣った。
要は紫色に痛々しく腫れ上がり出した拳に息を吹き付けて目尻を赤くしている。
「…あのですね?」
慎重に頭の中を探って言葉を選びながら、牡蠣殻は卓の湯呑みをどけてちょっと身を乗り出すと、要の顔を下から覗き込んだ。
「色々無理があるように思うのですよ」
慎重に探ったものの、安直な物言いしか出来ない。他に言いようがないからだ。
「…無理?」
涙目で見返す要に、牡蠣殻はまた出かけた溜め息を呑み込んで極力穏やかに笑った。
身を引いて湯呑みを元の場所に戻し、要の拳をじっと見る。
「力づくで組合の力関係をひっくり返したい?」
「そうだ」
涙の宿った長い睫毛を瞬かせ、要が力強く頷いた。
「その為になけなしのお金をはたいて助っ人を雇った」
牡蠣殻の言葉に、要はまたも力強く頷く。
「そうだ」
「それがこの人ですよ?」
窓から落ちそうな程身を乗り出して何らかのレアポケモンをゲットしようとしている飛段を、牡蠣殻が目線で示す。
「で、おまけが私」
寒々しく薄い己が胸を指で突いて、牡蠣殻は薄ぼんやりしたアルカイックスマイルを浮かべた。
「何かいいことありそうな気がします?するとしたら、相当追い詰まって思考回路が完全に四方と八方に塞がってますから、少し骨休みすべきです」
「追い詰まってるからアンタらに頼んでんですぜ?大体温泉地生まれの温泉地育ち、誰も彼も骨休みに来る名湯の宿の跡取り息子にどの面下げて骨休みなんざすすめなさる?」
「白猿さん」
「白猿呼ばわりは止めてくんな。要と呼んで下だせェ」
「はぁ、では要さん」
いよいよ窓から落下しそうになっている飛段の黒い外套の裾を掴み、牡蠣殻は目元を震わせた。
「あなたはつい先だって藤沢を継いだばかりと聞きました」
「親父が死んじまいましたから」
要は拳の痛みとは別の涙を大きな目に盛り上げた。
「ご愁傷様です」
飛段を室に引き戻した牡蠣殻が目を伏せる。
「悼みいります」
丁寧に頭を下げて要は太い眉をきりりと上げた。
「だからこれからは俺が藤沢の湯を盛り立ててかなきゃならねぇんでさぁ!」
「要さんあなた、諜報活動的なことはされてますか?」
「ちょうちょ活動?え?何?」
「…何はこっちの台詞ですよ…」