第5章 それは「今」と「過去」と「未来」の物語
許してほしいから、こんなことを言うんじゃない。
本当に好きだから。
本当に愛しているから。
これからの人生もと歩みたいから。
「俺と、結婚してください」
それは彼女と付き合ってからずっと考えていたこと。
でも、拒絶されるのが怖くて言いだせなかった。
臆病者だから、彼女に突き放されるのが嫌だったのだ。
本当、自分勝手だ。
彼女だって忘れたわけじゃないだろう。
残酷な俺のこと、痛みに鈍感な俺のことを。
彼女のやさしさに付け込んで、彼女のやさしさを利用した俺のことを。
彼女の差し伸べた手を、いとも簡単に振り払った俺のことを。
忘れたわけじゃないだろう。
あの頃の俺にとって彼女は好きも嫌いもない「無」に等しい存在だった。
だけど、あの日彼女と会って同じ態度を取られたらと考えたら怖くなった。
「無関心」に取られるのはこんなに寂しいことだったんだと初めて知った。
『私ね』
今まで俺の話を聞いてくれていたが口を開いた。
『私ね、菅原君の気持ちなんとなくだけど知ってた。菅原君が私のことで悩んでたことも私のことで苦しんでたことも全部。でもね、私菅原君が大好きなの。自分でもびっくりするくらい』
彼女は、唇を震わせた。
その大きな目からポロポロと涙を零す。
おれはぎょっとして、ポケットからティッシュを差し出す。
それを受け取って彼女は涙を拭く。
『私、菅原君を利用したんだよ。あの時私を傷つけたことを後悔している菅原君は、私のことを一番に考えてくれるって。私って狡い女でしょ』
へラッと笑うが、その笑顔は無理していた。
彼女も彼女で苦しんでいた。
そのことを初めて知り、俺はどう返せばいいのかわからない。