第1章 君と僕は許嫁
誰も追いかけてこないことを確認し、手を離す
「悪い、無神経だった」
『はぁ、はぁ……いや、だい、じょ、ぶ……だけど……。は、走るの、はぁ、速いんだね……』
肩で息をしながら、彼女は膝に手を着く
悪い、と俺は彼女に謝った
しばらくすれば、彼女の息も整って、彼女が休んでる間買ってきた飲み物を手渡す
『あ、ありがとう』
「構わねえよ、別に。それより、許嫁のことなんだけどよ」
『うん』
「なんか、聞いた?」
かしゅっと、プルタブを開け、ポカリを喉に流し込む
冷たいそれが乾いたのどを潤す
『あ、やっぱり嘘じゃないんだ』
小さな声が聞こえた
彼女も許嫁は嘘だと思っていたらしい
俺も半信半疑だったが、この言葉で嘘じゃないってことが分かった
「もし、あれだったら取り消してもいいぜ」
『え?』
「別にお前との許嫁が嫌とかそういうんじゃないけど、お前にだってお前の都合があるわけだし」
もしかしたらには好きな奴がいるかもしれない
だったら、俺なんかよりそっちを取るべきだし
彼女の人生を俺ごときで狂わせたくない
『別にね、私も岩泉君との許嫁が嫌ってわけじゃないんだ。ただ、私ごときの人間が、岩泉君の邪魔をしたくないって思ったの。バレー部の練習とかあるし、大変なときなのにさ』
そう言って彼女はポカリを一口飲んだ
同じ気持ちを抱いていたことに驚いた
そして、思わず声を出して笑った
「同じこと考えてる」と言えば、彼女も笑った
『あのさ、岩泉君』
「ん?」
『許嫁とかそんなの考えないで、付き合ってみる……?』