第12章 唯-小鳥遊正嗣-
知り合った当初は、別段特別でも何でもなかった。
なのに…他の女性とは異なるものを、やがて己は少女の中に感じ取るようになった。
それでも初めは、ただの面白さや、楽しさだけだった。
しかしそれが更に異なる色を纏うまで、時間は掛からなかった。
そして…そんな時、あの夜が巡ってきたのだ。
正嗣は束の間、『あの夜』を追想するように目を伏せると、○○を自らの空間ともいえるそこに閉じ込める。
ここなら、誰の邪魔も及ぶまい。
ようやく○○を床に下ろせば、当の少女は、はっとしたように居住まいを正し、しかしすぐに、
「私…あの、帰ります!」
せっかく閉じた襖の一つを開こうと手を伸ばす。
無論、正嗣がそれを見逃すはずがなかった。
柔らかに、だがしっかりと少女の手首を捕らえながら、○○の頬に手を触れた。
「……っ!」
瞬間、それだけで○○の肩が跳ねる。
(どうして…こんなところに……)
いや、それ以前に何故もっと抵抗しなかったのか。
女性あしらいの上手い軽薄さを滲ませながら、その実、とても優しい…そして本当は誠実な人なのだと、今の○○は知っている。
だから…かは分からない。
自分でも分からないが、ここに至るまで、強硬にもがくことも、暴れることも…例え叶わぬとしても、術を行使して逃れようとすることさえしなかった…いや、多分、できなかった。
でも、自分がここにいるべきでないのも確かだ。
彼の挙動は理解できないし、突然の…幾度もの接吻の理由も、分からないけれど。
ただ黙らせる為だけの行為であったとしても、彼への想いを自覚してしまった○○には辛いことだった。
だから、ここにはいたくない。
それなのに、彼は……。
乱れる○○の気持ちとは裏腹に、彼は○○を室の奥深くへ連れ去り、二人きりになったそこで○○を見つめ、吐息した。
「思い出したのだね」
問うというより、それは確信めいた言葉だった。
そして今更、『何を』思い出したのか、とはどちらも口にはしない。
○○は、頷いた。