第12章 唯-小鳥遊正嗣-
己を卑下するつもりはないが、それでもやはり、一介の陰陽師に過ぎぬ自分などを、小鳥遊家の彼がまともに相手にするはずがないのだ。
彼への想いに気づいてしまった瞬間に、それは叶わぬのだと同時に悟った。
叶わぬ想いであればこそ、時折会って他愛ない言葉を交わす、それだけで良い。
自分には、それで十分なのだと思った。
だからこんな風に、近づきすぎてはいけない。
(駄目……っ)
○○は咄嗟に正嗣から離れようとするが、思いのほか頑強な彼の腕は解けなかった。
「小鳥遊さん!」
○○は混乱した。
わけが分からない。
どうしてこんなことになっているのか、分からなくて。
離れなければ、とそればかりが頭を巡って。
「あの…はなし……っ」
長身の彼を仰いで訴えた言葉は、降りてきた影に遮られ…吐息ごと奪われた。
「っ、……んぅ!?」
それは、一瞬の唇の邂逅。
自分のものとは異なる熱が柔らかに触れ、そしてすぐに離れるや。
「すまないが、今は貴女の願いを聞いてあげられそうにない」
「っ!?」
彼の言葉に、○○はよほど驚いた顔をしていたらしい。
正嗣はくす、と薄く微笑み、やおら軽々と、○○を横抱きに抱えて室へと戻った。
それは、僅か数歩…数瞬の間の出来事。
「た、小鳥遊さ…っ?」
○○が驚きの声を上げれば、また、唇を塞がれてしまう。
「ん…んっ」
「少しだけ、静かに……」
家人の耳に止まって、何事かと邪魔されたくはない。
だからせめて、この襖の向こう…室の奥へ行くまでは…静かに……。
それは音には託さぬ、正嗣の胸内の呟き。
そうして正嗣は、もがく少女を難なく自室の奥へと連れ去ることに成功する。
庭から廊下…そして室に入り、更に次の間…また、次の間へ……。
進む毎に、彼は呪を唱えては、手を用いずに幾重もの襖を開いては閉じて奥へ進んだ。
あるいは本気で○○が抗えば、こうはいかなかったに違いない。
だが、○○が本気で暴れないだろうことを、正嗣は確信していた。
陰陽師として頼りないばかりだった頃から、ずっと彼女を見てきた。
同時に、彼女が自分を兄のように慕ってくれていることも、そんな日々の中で感じていたからこそ、本気で抗わないだろうことを、卑怯と知りながらも正嗣は確信していた。
(兄のように…か)