第10章 標的捕捉-諜報部隊・隊長-
彼とこんな関係になるなんて、夢にも思わなかった。
時々出会う彼と話すのは楽しくて、傍にいるのが嬉しかったけれど。
彼とこんな風に過ごすことを、○○は想像したこともなかった。
なのに…あの時。
『今なら逃げられるぞ』
『術でも式でも使えば良い。陰陽師殿』
そう言って逃げ道を作ってくれた彼から、○○は逃げようとも…逃げたいとも、思わなかった。
あんな風に接吻されて、抱き上げられたら、その先に何が待っているのか…それくらいのこと、幾ら鈍いとか、子供っぽいとか言われている○○にだって、容易に想像できた。
けれど、それでも、逃げる気にならなかったのは……。
それは……。
(この人…だから……)
今の今まで、それらしい雰囲気になったことすらないのに、いきなりこんな…とも思ったけれど。
でも…それでも、独りきりで雨に打たれていた、いつもと違いすぎる彼に同情したわけでも、流されたわけでもない。
それだけは、○○は自信を持って言える。
そうではなくて。
そういう理由では、なくて……。
(上手く言えないけど……)
嫌じゃなかった。
恥ずかしくて、ちょっと怖くて…それでも、あんな風に触れられたのも、記憶があやふやになるほど溶かされてしまったのも、彼だから……。
嫌などころか、むしろ嬉しいとさえ感じたからこそ、○○は身を任せたのだ。
いつか…同じ女性陰陽師の先輩に、言われたことがある。
『いつかあんたも、そういう相手に巡り合えたら、躊躇なんかしないで、とっとと抱かれちまいな』
気風の良い、姐さん的な彼女は何でもぽんぽんと口にする女性だったが、まさかそんなことを言われると思わなくて、○○は瞬間的に真っ赤になったのを覚えている。
でも、そんな○○に彼女はひとしきり、いつも通りの明るい笑顔を見せて、それから、少し儚げに微笑んだ。
『陰陽師なんて生業、いつなんどき、何があってもおかしくない。だから、これって相手に出会えたら、それが人間だろうが人外だろうが迷わず飛び込むってのも、私はありだと思うんだ』