第2章 壱
「それでは僕はお暇しますね」
私の反応を見ると彼はそう言っていつものように早々と玄関へと向かう。
「あ、あの!」
つい声をかけてしまう。
声をかけたあとで、話す内容を全く決めていなかったことに気がついてあたふたしていると彼は私のことを不思議そうな顔で見た。
「……まだしばらくご迷惑かけることになるとは思いますけど、よろしくお願いします」
話題に困って、今一番助かっていることについてお礼を言う。
「いえ、仕事ですからお気になさらず」
柔和な笑みで彼はそう言った。
こうしてケーキを買ってきてくれるのも仕事だからという義務感からなんだろうか、とふと思う。
仮にそうだとしても優しい人なんだなと、胸の奥が少し暖かくなる気がした。
これまで私の衣食住を支えてくれていた親戚は、その意図が見え透いていたし、奥の方が濁った瞳がずっと苦手だった。
仕事だとしてもこうして自分自身を見てくれる彼の姿勢がなんだかすごく落ち着く。
「帰り、気をつけてくださいね」
「ええ、ありがとうございます。ではまた」
彼が玄関のドアを開けてそのまま出ていく。
私は彼の出て行ったドアをしばらく見つめて、それから部屋の奥へと戻った。