第1章 序章
「え……?」
旅人は目の前の状況を理解できなかった。
ここは山の中。水などないはずだが、確かに水飛沫が見えたその瞬間に。
鬼の胴体と頭は頸で切り離され、胴体の方は血を滴らせながら遅れて地面へ倒れる。
頭はというと。
「くっそぉぉぉ!!!なんだってぇんだぁぁぁ!!斬られた!!!鬼狩りめぇぇ……!!!斬られ………」
頭だけになった状態のままそこまで言うと、次の瞬間には塵になり消えた。次いで、胴体も塵となる。
『大丈夫ですか』
旅人はその声に我に返り声の方を向く。
月明かりを背にしているので顔がよく見えないが、旅人の気付かぬうちにそこに『彼』は居た。
この人がこの鬼を倒したのだろうか。いや、状況的にはそうなのだが、目の前で起こった一連の事が未だ信じられない。
「え、あ……大丈夫…です」
『それなら良かった。この辺りにはもう鬼はいません、安心して山を下ってください』
やさしい声だった。
やはりあれは鬼だったのだ。
あんなにも恐ろしく、残酷なものがこの世にあっていいのだろうか。
旅人は張り詰めていた緊張が無くなったのあり、胃から込み上げてくるものを抑えられずに嘔吐した。
『彼』が旅人へ近寄り、膝をついて背中をさする。
ふわりと一纏めにした髪が旅人の頬を掠る。
『無理もない。貴方は悪い夢をみたんだ。早く帰って寝れば忘れるよ』
『彼』が近寄って分かったが、『彼』はまだ子どもの面影が消えない青年だった。
腰には刀を差し、黒の洋服に矢絣の羽織を羽織った『彼』は、旅人に向かって優しく語りかけた。
旅人は落ち着きを取り戻すと、『彼』に向かってお辞儀をした。
「ありがとう、貴方、名前は?」
『……俺は鬼殺隊の苗字名前です』