第2章 こわさと、やさしさ
男の両手の親指を結束バンドで縛り、両足首をガムテープでぐるぐる巻きにして、狂児はどこかに電話をかけ出した。
楓に聞かれたくないのか、ベランダに出る。
男と部屋で二人きりになって、楓は男の方を見た。
男はさっきの様子などすっかり影を潜め、この十数分ですっかり恐慌状態に陥っていた。
「か、楓、お前……ヤクザの女やったんか」
「…………」
「た、頼むわ、悪かった、助けて……」
「……楓さん、やろ」
楓は男の口にガムテープを貼った。
くぐもった声をあげる男から視線を逸らし、楓はテーブルへ向かった。
一生懸命、作ったのに。
テーブルの上に残った料理もほとんど溢れ、食器が割れていた。
床に側面を下にして落ちてしまったケーキの箱を持ち上げる。テーブルの上に置いて、そっと箱を開けた。
ケーキは想像した通り箱の中で倒れて、綺麗な透明のゼリーは崩れ、繊細なチョコレートの飾りは折れ、苺のムースに包まれているはずのスポンジとクリームがはみ出して、見るも無残な姿だった。
持って帰る時に、崩れないように大事に大事に運んだのに。全部無駄になってしまった。
「うっ……ぐす……」
狂児の為の何もかもが、無下にされてしまった。息をするのも苦しいくらいに胸が痛い。
彼を待ち続けて疲弊した気持ちも、今日ようやく癒せるはずだった。それなのに。
ベランダから狂児が戻ってくる。
泣いている楓の姿を見て、急いでこちらへ歩んできた。その表情は眉根を顰め沈痛だった。
「楓ちゃん……」
「ごめんなさい……あいつがきた時、狂児さんやと思って、ドア開けてしまったの……私がうっかりして……」
「楓ちゃんは悪くないで、悪いんはあいつや。泣かんでええで……」
優しく抱き締められ、頭を撫でられる。
余計に申し訳なくて、涙が溢れる。
「ケーキ、買うてきてくれてたんやな。これあそこのやろ、Hibikiやったか」
「そう。そうです。Hibikiのケーキ。覚えててくれたんですね」
ふたりで一緒に食べたケーキのことを、覚えていてくれた。それだけでもう、楓は十分だった。
しかしこのままでは別れ際に楓の料理を楽しみにしてくれている、と言っていた狂児の希望を叶えられないと、感傷に浸っていたのを引き戻した。