第2章 こわさと、やさしさ
しかもこの部屋は角部屋で、隣の部屋は何かの事務所に使われている。こんな時間に人が残っている可能性は低いが、それでも楓に出来ることはそれしかなかった。
「楓……」
「痛い!!やめて!!」
「静かにしろ、話聞け」
「嫌や!!くっ……」
顔の下半分を手で掴まれて覆われた。苦しい。息がしづらい。
「んん、んー!!」
「お前、何やこれは、俺がなんて言うたか忘れたんか?派手な化粧して、他の男に色目使うな言うたやろ、ボケが」
『知らんわ、そんなん……!!』
そもそも、狂児は薄化粧を好むから厚化粧なんてした覚えはない。
部屋の奥まで男に拘束されたまま進まされる。ダイニングのテーブルの上の、二人分の食事の用意。男はそれに目をつけてきた。
「なんやこれ、おい、男か?男かおい!?」
楓の顔を掴んだまま揺さぶる。頭がクラクラした。楓は何とか自由な方の手を使って男の手を引き剥がした。
「あんたに関係ないやろ、……友達と食事するから用意してたんや」
「友達い?量が多すぎるんとちゃうか、男やろが、誤魔化すなよ!!」
「あかん、やめて!!」
男はダイニングテーブルの脚を蹴った。テーブルがその勢いで床を滑る。
テーブルの上で食器がぶつかり、倒れて、転がり、割れて、床に落ちる。出来たばかりの料理とグラスが粉々に散った。
ケーキの箱が、落ちる。
それらがスローモーションのように見えた。
「ひどい……」
狂児さんのために、作ったのに。久しぶりに手料理を食べてもらえるから、頑張ったのに。
怒りよりも悲しみが勝って、目の奥が熱くなった。こんな奴のせいで泣きたくないのに。
楓は床に崩れ落ちた。男は楓の髪を掴んで上を向かせる。楓は男を睨んだ。男の目は未だ怒りに燃えている。
「お前が悪いんやぞ、なあ、嘘ついて誤魔化すお前が」
「誰が悪いって〜?」
玄関から間延びした声がして、どす、どす、と室内に威圧感のある足音が響く。
ぬっ、と廊下側から威容なオーラを放ちながら、狂児が現れた。
「狂児さん……」
楓はその姿を見て、声をあげて泣いた。
「おい、やっぱり男やないか、お前……」
「ゴラァアア!!!楓ちゃんから手ェ離せやボケェェ!!!!」
部屋の中の空気が、ビリリ、と震えた。