第1章 第一章
幼い頃、読み聞かせのために母が与えてくれた絵本には妖精と神秘的な森が描かれていた。高い木々に囲まれた世界で煌めく妖精の光。
本当にあったらどれだけ素敵だろうと幼心をときめかせたあの日に私は今、戻っていた。
スカイさんの家から出てすぐあるコキリの森へ続く入り口。
その奥に進んで現れた吊り橋に恐る恐る足を置いて横の景色を眺めた。
「うわぁ…」
深い森の奥にほんの少しだけ届く日の光が暗い霧を照らし神秘的な世界を造りあげていく。絵本で見たあの絵よりもっともっと素敵な世界。
神々が舞い降りた神話の世界に迷い込んでしまったように…。
「うろこ」
突如彼に手を掴まれた。ハッとして彼の顔を見る。
私、今…?
「気をつけて。この森は人を誘うから」
「人を…誘う…?」
「二度とこの森から出れなくなるってことだ」
「そんな!」
「…嫌なら気を抜かず俺の傍にいろ。いいな」
「わかった」
真っ直ぐに見つめる彼の青い瞳も暗い森に隠されて濃い青に見える。
最初に会った時よりもずっとずっと暗い瞳をしていて何故か胸が痛みを感じた。彼が迷わず一歩進むたびにグラグラと揺れる吊り橋に私の気持ちもグラグラと揺れていく。
知ってる。これ、吊り橋効果ってやつでしょ?
揺れる橋の上を歩くのは簡単じゃなかったけれど、必死に彼の背中を追いかけた。一歩足を踏み出して彼の背中が近くなるたびにギュッと締め付けられるこの痛みはきっと刹那の幻想。
「うわぁ…」
吊り橋を渡り、進んでいった先に広がった景色は美しいなんて言葉じゃ足りなかった。キラキラと輝く光の玉が地面に当たっては跳ねて、まるで妖精達が踊っているよう。近くに見える大きな木は誰かの家のようで窓と扉がちゃんとついている。絵本の世界。
「わ!スカイじゃねぇか!」
そんな美しい世界の入り口で私たちに背を向けて立つ少年。
私たちの気配を感じたらしくゆっくりと振り返っては驚き派手に転んだ。
「やぁ、ミド。元気だったか?」
ミド、というらしい。膝や腕に切り傷がある辺り、やんちゃな子供なのだろうと思うけれど、ニカッと笑った顔は可愛らしい。驚いて転けたミドにスカイが手を差し伸べるとあらゆる場所から子供達がひょこり顔を覗かせた。
「スカイが来てるって本当!?」
「スカイ!久しぶり!」
「スカイー!!!元気だったかー!!!」
彼はどうやら人気者らしい。