第2章 はじめての時間
「ねーれんなちゃん」
先生に引き上げてもらった後で、カルマくんが話しかけてきた。名前で呼ばれた事にびっくりした。別に名字でも名前でも呼ばれ方なんてどっちでも良かったけど、あのやり場のなかった怒りが私を反抗的にさせた。
「はともりでいい」
「えーなんでぇ? れんなちゃんでいいじゃん」
不敵に覗き込んでくる赤い瞳。ムカついて、顔を逸らす。
「はともり」
「れんなちゃん」
「はともり」
「れんなちゃん」
「はともり」
「れんなちゃん」
「…………」
ため息が出そうになった。埒が明かない。
私は立ち上がって、帰ることにした。
「じゃあね、先生! ……渚くん、も」
種と共に埋めた感情が、芽生えてきそうだった。
いつも挨拶してくれる渚くんを無視したりなどもう出来そうもない。
反応を見る前に恥ずかしくなって、慌てて駆け出した。
なんか、軽快な足音も着いてきた。
「ねぇれんなちゃんさぁ、オレのこと嫌いだよね?」
ぴたっと私の足が止まる。その隙にカルマくんが回り込んでくる。
「すっげ睨んでたし。だからさ、オレを助けようとして崖っぷちまで走って手ぇ伸ばしたんじゃないよね」
カルマくんの言い方には確信があった。
私にもよくわからなかった。なんで手を伸ばしたのか。何に手を伸ばしたのか。カルマくんを助けたかったのか、先生に良く思われたかったのか、先生を殺そうとするカルマくんから拳銃を取りたかったのか。そのどれもが少しづつずれている気がして、纏まらない。
何も答えずに歩きだした。
「えっ無視? ま、いーよ。答えてくれるまでずっと聞くだけだし」
発生したばかりのメイストームが、勢力を増して近づいてくる。
私もカルマくんに負けない不敵な表情を作って、返答ともなんともとれない答え方をした。
「空を、飛びたかったの」
あながち嘘ではないと、言った後で思った。
カルマくんはもう着いてこなかった。