第2章 はじめての時間
今日から体育は防衛省の烏間さんが教えてくれることになって、烏間さんから烏間先生になった。
私ははじめてぶにょんと曲がる対先生用ナイフを振る。先生にこのナイフを向けることはないと思うけど、真面目に練習をした。
身体をたくさん動かしたから、汗が滴っていて暑かった。でも、ジャージの袖は捲れない。夏になったら、どうしようか。烏間先生って堅物っぽいから見学するのが大変そうだ。
服を着替えて本格的にお茶をたてている先生の元へ駆け寄る。
「先生! そのお茶ちょうだい、喉カラカラ」
「どうぞどうぞ。熱いから気をつけて」
細かい作法は分からないけど、それっぽく飲んでみた。
苦すぎない優しい味だ。じんわりと染み込む。
「美味しい。先生ってなんでも出来ちゃうんだね」
先生はぬるふふと笑って触手をうねらせた。
「なんでもは、出来ませんよ」
そう聞こえた気がして聞き返そうと思ったけど、それよりも先に先生が発した。
「はともりさんのナイフの扱い、良かったですよ。先生に当てられるようになるにはまだまだですがねぇ」
いたずらっぽく、先生が口の端を吊り上げる。
先生が見ていたのは私だけじゃないって分かっているけど、それでも見てくれていたことが嬉しくて、心が満たされる。
「先生の体育もすっごく楽しいけどね、烏間先生の体育もなかなか楽しいの」
「にゅやっ! まさか君も烏間先生の方が……」
「私が好きなのは先生だけだよ。だからね、技術を身に付けたいと思ったの」
触手も無いしマッハのスピードを出すこともできないけど、この先どんな事が起こっても、ずっと先生と居たい。
「ねえ先生――」
その時、風が吹き荒れた。
振り返るとグラウンドを見下ろす赤い人影。
飄々と近づいてくるその人影に、私は場を離れた。心臓のあたりがざわめく。
赤羽カルマくんと先生は呼んでいた。
ドロッという音と共に先生の触手がもげる。一瞬のことだった。
挑発する業くんの表情は愉快そうで、私は彼をねめつけていた。
掻き立てるような風籟が耳に残る。