第1章 朧月夜
「あかんとこなんか…ナンボ考えても分かるわけないやん。そんなモンいっこもないねんから」
そうすべきだという理屈も、彼女が戸惑うからやめた方がいいなんて理性も飛び越えて、高野小夜の膝上に置かれた左手を白石の両手で包んだのは。
声も出ないほど唖然としている彼女に構わず、キュッと手を握る。
目の怪我だけじゃなくて、心の怪我も治ればいい。
この両手で伝えられる温もりで、少しでもその心が解きほぐれればいい。
その時は、そんなことくらいしか考えていなかった。
「皆な、羨ましいねん。美人で、頭も良くて…普通は中々持てへんモン何個も持っとう高野さんが羨ましくて…嫉妬しとうだけや」
―キレイで頭良くて、いわゆる優等生ってカンジで…でもホラ、そんなん面白くない奴って居るやん?
小春が言っていた通り、世の中のいじめというものは大体がそんな感情から始まるのだと思う。
空気が読めないと後ろ指を刺しながら、心のどこかでは周囲に臆せず発言出来るその人を羨んでいたり。
リーダー気取りで鬱陶しいと言いながら、本当は先頭に立って皆と何かを成し遂げてしまえるその手腕が欲しかったり。
けれど自分ではどうしても手に入れられなくて、でも諦めきれなくて。
それなら持っている人間から奪ってしまえばいいと考えてしまうのだ。
「私に…嫉妬?」
「私に」の前に「こんな」を付けたそうな口調でポソッと言った。
深く、ゆっくり頷くと、氷がたいぶ溶けてきている氷のうを持った彼女が、またあの蕾が花開くような笑顔を見せる。
笑顔のまま、彼女の目元から大粒の露がいくつも溢れてくる。
笑いながら流れる涙を、今度は止めなかった。