第2章 されど運命的(高杉)
しんと静まり返った薄暗い裏道に身を潜めて3日がたとうとしていた。
を含む監察方は皆それぞれの持ち場につき、先だって入手したテロを企てる不逞浪士の動きを探っている。どうやらあの鬼兵隊も潜伏しているらしい、との話も入ってきており、普段以上に緊迫した空気が流れている。
暗闇の中から砂利を踏む微かな音が聞こえてきた。
は気配を殺しながら、音のする方向へそっと視線を動かす。
随分と高価そうな着物だ。
目を凝らした次の瞬間、は咄嗟に飛び退き身を引いた。
暗闇からぼんやり浮かび上がった顔、それは紛れもなく鬼兵隊首領のものだったからだ。
「くくっ、珍しいな。女の隊士か」
反応がもう少し遅ければ斬られていただろう。
刀の切っ先を向けながら、隻眼が蛇のようにちろりとを捕らえる。
「高杉…」
も高杉から視線を外さず、少しずつ後退りした。まともに撃ち合って勝てる相手ではない。
せめて数秒、奴の気をそらすことが出来ればその隙に逃げ切ってみせる。
「逃げるのか?能のない狗の仲間にしちゃぁ冷静な判断だな」
「私は職務を全うするだけ。…でも、仲間を侮辱するのは許せない」
後退りすると見せ掛けた足を思いきり踏み込み、同時に刀を抜く。
互いの首筋に切っ先があてられた。
「単なるお飾りではないか」
高杉がさも愉快そうに口角を釣り上げた。
余裕を感じさせる高杉とは反対に、は次にどうすべきか高杉にぴたりと焦点を当て必死に考えていた。
「…いい目をしている」
高杉の刀がひゅっと振り上げられた。すかさず受けとめようとしたが、無惨にも刀は叩き落とされてしまった。
殺される。
恐怖からか本能的に目を瞑ったが、何時までも痛みはやってこない。代わりに手を掬い上げられ、甲に暖かく柔らかいものが触れた。
「なっ…何を!」
目を開けて見たものは、自分の手に口づける高杉の姿。
勢いよく振り払うと、意外にもあっさりと手は離された。
「気に入った、悪いようにはしねぇから俺のもんになれ」
「…ふざけたこと言わないで!」
「いいや、真剣だ」
絶句するの背後から仲間の声が聞こえてきた。
また会おう、ともう一度手の甲に口づけて消えていく高杉を追うこともできず、は呆然と立ち尽くしていた。