第1章 シェアハウス
「ねえ、にの。俺が冷やしてたビールは?」
風呂上がり、バスタオルを腰に巻いた大野さんが冷蔵庫を覗きながら言った。
「あ、…」
俺は言葉を失った。ちょうど今最後の一口を飲み干したところだったから。
「もう、また飲んじゃったの?」
大野さんは此方を振り返り眉を下げて困ったように笑った。
「大野さんが名前書いてないのが悪いんですよ」
俺も悪いことをしたとは思いながらもいつものくせで反抗的な言葉を述べた。
「はいはい、困った子だ」
大野さんは俺の隣に座ってそう言ってまた笑う。この人は俺がなにをしても怒らない。前、大野さんが描いていた絵に出来心で触れたらそれはまだ乾き切っていなくて、絵の具が伸びてしまった。俺が正直にそのことを白状したらこのおじさんは「にのと俺の合作だなあ」なんて笑っていた。
「何、どうした?」
そんなことに思いを巡らせていた俺は無意識に大野さんの顔を見つめてしまっていたらしい。不思議そうに首を傾げる大野さんはまだ幼い子供のよう。
「お詫び」
そう短く言って俺は大野さんとの距離を詰めまだ少し火照っている素肌に触れ、重ねるだけのキスをした。
「…もう、にのは俺とちゅーしたくてわざと俺のビール飲んでんのかぁ?」
一瞬驚いた顔をしていた大野さんもすぐにまた笑って冗談を飛ばしてくる。照れた時にいつも言ってる冗談。本人は気づいていないんだろうけど。
「にの、じゃなくて和、だよ。智」
そう言って俺は大野さんの身につけていたバスタオルを掴み、剥ごうとした。
「…和、待って」
俺の手は大野さんの綺麗な手によって止められて耳元でこう囁かれる。
「フローリングだと痛いから、あっち」
そう言って笑った大野さんはさっきの穏やかな雰囲気の大野さんじゃなくて、オトコの妖艶な雰囲気を漂わせる俺の好きな大野智だった。